「――は、半兵衛?!」
「…ひょっとして、家康君?」
不動産屋に入って――久方振りに見た顔にお互いが驚いた。
得鳥羽月は邂逅を誘う
「変わってない様で安心したよ。」
「ハハ…。」
何処か懐かしむ様に言う半兵衛に、家康は苦笑する――相変わらず、掴み所が
無いと言うか…独特な雰囲気を持った男である。
「そう言えば――何時戻ってきたんだい?」
「えっと――1週間程前だ。」
尋ねる半兵衛に、家康は壁に掛かっているカレンダーを見ながらそう返す――そう。
家康はつい先日、諸事情から留学先から帰国したばかりなのである。
「あっちは楽しかったかい?」
「…楽しかったと言えば、楽しかったんだが…その――。」
「何かあったの?」
『実りがあったかい?』と半兵衛が尋ねると、家康が顔を曇らす…それを見た
半兵衛は、何かあったと察した――家康の留学期間がまだ終わってはいない事を
知っていたから。
「話してごらん。」
柔らかく尋ねると、家康は暫し迷った様子を見せたが…その重い口を開いた。
「――実は…あっちで強姦されそうになって…。」
「――あぁ、成る程…」
それを聞いた半兵衛は、思わず天を仰いだが…同時に家康が帰国した事に
納得した。
――普通に考えても強姦されそうになった場所に、長期間留まる事は心理的にも
極度に負担が掛かる、それを踏まえて家康は帰国したのだろう――と。
「――大変だったねぇ…」
「うん…」
降り懸かった災難に心底同情した様に半兵衛がそう言えば、家康は何処か
遠い目をする。
それを見た半兵衛は、話題を変える事にした。
「そう言えば――部屋を捜しに来たんだろう、物件のリスト持ってくるから待ってて
くれるかい?」
「あ、そうだった!!」
その言葉に――当初の目的を思い出した家康が声を上げ、何年経っても
変わっていないそれを見た半兵衛は苦笑した。
(そんな事があったんなら、防犯がしっかりしてる方がイイよね…)
そんな事を思いながら、半兵衛はリストを見ながら物件を絞り込んでいく――そして、
リストから適切な物件を見つけたと同時に、ある事を思い出した。
(そう言えば此処は――『あの子』が居る。)
その事を思い出し――半兵衛は此処なら色々な意味で心配ないだろうと判断した。
「家康君、物件あったよ。」
「本当か?!」
そう言ってやると、家康の顔が輝き――そして物件の説明が始まった。
「先に言っておくけど――この物件に関しては、家賃の事は心配しなくて良いから。」
「何で?!」
その言葉に、家康は驚いた――だって、これだけの物件ならば家賃もかなりする筈と
思うのが普通である。
「だって、この物件――秀吉の持ち家みたいなもんだから。」
「…成る程。」
半兵衛のその言葉に、家康は納得した――ここの不動産屋のオーナーは、
ちょっと変わり者で自分が信頼した人間には、格安で物件を用意してくれるのである――因みに。家康も留学前に交通面で便利な部屋を、格安とも言える家賃で
借りていた事がある。
「秀吉公の持ち家なら…安心できるな。」
「じゃあ、決まりだね。」
家康のその言葉を聞いた半兵衛は、契約書とペンを用意した。
「これにサイン、お願いね。」
「ああ。」
半兵衛から契約書とペンを受け取った家康は、ざっと契約書に目を通し…サインをして
契約書を半兵衛に手渡した。
「これで契約は成立――引越しは何時だい?」
「えーっと…明後日の予定だが…。」
契約書を受け取った半兵衛が尋ねると、家康はそう答え――それを聞いた半兵衛が
『明日にでも君が入居する部屋の掃除しておくよ』と言えば、家康は『すまない』と
言いながら苦笑した。
そして、数十分後――大学に復学の申請をする為、不動産屋から立ち去る家康を
半兵衛は見送っていた。
「じゃあ、またね。」
「――おう。」
そう言いながら手を振って家康を見送れば、家康も手を振り返し…それを見た
半兵衛は、クスリと微笑んだ。
(…君に――幸あらん事を、僕は心から祈るよ。)
次第に遠ざかる家康の背中に、半兵衛は心の奥底からそう思ったのだった。
そして――数日後、運命の出会いが訪れる事になるが…誰も未だその事を知らない。
End.
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