「――あぁ…帰りたい…」
オリエンタルな美女の口から、容姿とは裏腹な低い声が零れ落ちた。
だって、彼女…もとい、彼は――『ヒーロー・ワイルドタイガー』なのだから。
HEY!真昼の蜃気楼
因みに。何故、こんな事になったかと言うと――賠償金の関係である。
この仕事のちょっと前に、ヒーロー活動中に"うっかり"器物損壊をやらかして
しまったのである。
しかも――運が悪いのか…その壊した物が、かなり大きな化粧品会社の物だった。
こっ酷く上司のロイズに怒られると思われたが、その企業の社長が――。
『新作化粧品のイメージモデルとしてタイガー貸してくれたら、賠償金はチャラに
しますよ?』
と言う訳で――こうして虎徹は珍しく1人で仕事に臨むハメになっていた
(但し身売り同然でロイズにスタジオに送り込まれたのは余談である)。
撮影スタジオに着いた虎徹は、1人の女性に声を掛けられた。
「――初めまして、ワイルドタイガー」
一見して見るとポヤポヤした雰囲気の女性だったが、話を聞くと件の会社の
社長だと解り…虎徹は慌てて頭を下げた。
「あー、その…今回はすんません…」
「いいえ。」
バツが悪そうな顔をする虎徹に、思わず社長はクスリと笑う。
暫く歓談していた2人だったが、徐に社長が手を叩くと――何人かの女性スタッフが
現れた。
「じゃあ、皆――お願いね。」
『はい!!』
社長の号令と共に、彼女達は虎徹の両脇をガッチリと固め…そのまま
引き摺っていく。
「え、何?えぇえええ――――!!!?!!?」
この状況について行けず、虎徹はただ叫ぶ事しか出来なかった。
そのまま"ポーイ"とメイクルームに投げ込まれた虎徹は、スタッフが持っている
"それ"を見て顔を引き攣らせたが…それを見越したスタッフが、畳み掛ける様に
口火を切った。
「ダメです!タイガーさん、大人しくして下さい!!」
「いやいや、ちょっと待って!本当に剃るの?!!」
「当たり前でしょう?!お髭の生えた女の人なんて居ませんよ!!」
「いや、あのね?!おじさん、髭剃るのはちょっと不都合が…!」
「ああ、動かないで下さい!このままじゃ、頚動脈、本当に切っちゃいますから!!!」
「お願いだから、本ッ当にお願いだから――!!」
「――髭剃るのだけは勘弁してぇぇええええええ!!!!!」
そんな虎徹の願いと叫びも届かず…見事にトレードマークの髭は綺麗サッパリと
剃られてしまったのだった。
そんなこんなでシクシクと泣いていた虎徹だったが…無情にも準備は着々と進み――
遂に女装した、ワイルドタイガーが出来上がった…のだが、そこに居たのは――
鬘で足された事を感じさせない長い髪を結い上げ、肩まで開ける
艶やかな着物を身に纏う…簡単に言ってしまえば、まさに
"立てば芍薬・座れば牡丹・歩く姿は百合の花"なオリエンタル美人だった。
そして――『タイガーさん、出番ですー』と呼ばれて、虎徹はフラフラとメイクルームを
出ていく…その背中を呆然とスタッフは見送る事しか出来なかった。
後に化粧を担当したスタッフと衣装を担当したスタイリストは――こう語った。
『あんな色気が出るとはおもわなかった』――と。
仕事が始まると――何かを吹っ切ってしまったのか、虎徹は黙々と仕事をこなして
いた…と言うより髭を剃られたショック等から放心していた上に、既に
疲れきっていただけなのだが。
しかし――カメラマンは、寧ろ喜んでいた。
何せ今回の写真のテーマは"憂いある色気"なのだ――カメラマンも最初はどうなる
事かと思ったが…出来上がったワイルドタイガーを
見て"まさにこれだ!!!"と目を輝かせ…シャッターを切りまくっていた。
そんな中――スタジオの隅からは、こんな囁きが飛び交っていた。
『うわぁ…すんごい色気…』
『って言うか、細っ!下手したら女の人より細くない…?あの腰――。』
『それもそうだけど…あの人本当に30代後半なの…?』
『うん…絶対アラフォーじゃないよね、あの若々しさは…』
そんなスタッフの囁きを聞きながら、社長は小さくながらも力強いガッツポーズを
取ったのだった。
後日――この写真広告が掲載された雑誌は売り切れ続出となり、
急遽増刷され…イメージコンセプトとなった新作の化粧品はと言うとこちらも
売り切れ続出、そして宣伝用のポスターも盗難が続発したと言う。
尚…予想外とも言える反応にロイズは上機嫌だったものの、当の虎徹が髭が
生え揃うまで何処か不機嫌だったのは言うまでもなく。
そして――。
「虎徹さんっ!!!どう言う事ですか、これは――っっ!!!」
と…相棒が虎徹に迫るのはまた別のお話。
End.
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