それは、ある戦いの合間の昼下がり、家康は自らの屋敷の縁側にて日向ぼっこをしていた。
東西を分ける戦いは熾烈を極めもはや引き返せないところまで進んでいる。
互いに一歩も譲らぬ戦いの日々が家康の疲労を蓄積させ、昨日は何でもない敵の攻撃が避けきれず、あやうく大怪我を負うところであった。
そんな、主を徳川軍の兵達はいたく心配し、休息をとるように強く進言したのだ。

そんなわけで、家康は今日一日、屋敷でゆっくりと過ごすこととなったのだが、何せすることがないから暇でしょうがない。
着流しのまま、縁側に座り込めば暖かい日差しが心地よくて、ついウトウトとしてしまう。
今頃三成はどうしているだろうか。ワシがこんなにのんびりしている間にも、あいつはワシを恨んで苦しんで戦場を走り続けているに違いない。
刑部や元親がたまには三成を無理にでも休ませてくれるといいのだが・・・
そんなことを考えながら、家康は暖かいまどろみに落ちて行くのであった。

権現 in Wonderland

「・・・ん・・・あれ?ワシは・・・」

目を覚ました家康が起き上がると、そこは今までいた屋敷の縁側ではなく、緑濃い森の中であった。
高い木々の隙間から木漏れ日が幾筋も射して辺りを神秘的な空気で包んでいる。

「ここは、一体・・・。」

見たことのない景色に目を見開いて驚いていると、足元に何かがコツンと当たる。
足元を見ると、こげ茶色で20cm程度の人形のようなものが落ちている。家康はそれを拾い上げ、人形についた枯葉や草を手で払いのける。と、すぐにそれが 何であるか気がついた。

「忠勝!!これは、1/15スケールの忠勝じゃないか!どうしてこんな姿に・・・。」

変わり果てた忠臣の姿に愕然とする家康。よくよく見れば自分の格好もかなり大変なことになっていた。
先ほどまで渋茶の着流しを着ていたはずが、何故か西洋風のワンピースを身にまとっているのだ。
パステルイエローのふわりとしたスカートが、森を吹き抜ける風でふわふわと揺れている。
頭に手をやれば、そこにも同色のリボンがどうやってついているのかは判らないが刑部の兜の飾りのようにくっついている。

おかしい。確か、このような衣装は女性が着るものではなかったか。家康はワンピースの袖からみっちりと主張する筋肉隆々とした自分の腕を見てげんなりとす る。
こんな姿を誰かに見られでもしたら、一生の恥になる。すぐさま脱ごうと試みるが、なにせ西洋の服など着た事がないものだから、脱ぎ方がわからない。
せめて、着替えが見つかるまではこのままでいよう。そう思ってどっちへ行けばいいのかと辺りを見回していると、突然背中に何かがぶつかってきた。

ドンッ

「ぐあっ・・つ!痛っ・・・。一体なんなん・・・・み・・・三成!?」

背中にぶつかってきた何かは三成だった。三成は家康にぶつかると、バランスを崩してコロンコロンと土の上を2回転した。
驚いた、確かに三成の登場に驚いたが、何より驚いたのは三成のその格好だ。

普段三成の体を覆っている漆黒の鎧はなく、薄紫色の薄布が胴体を覆うのみの格好だ。いわゆるバニーガールというのだろうか。
三成の長い細い足は網タイツに包まれて、足先は赤いピンヒールの靴を履いている。もちろん、頭部には真っ白な長い耳が、尻にはまん丸の綿毛のような尻尾が 装備されている。

「・・・・・・。」

まずいものを見てしまった、と家康は思う。地面に倒れている今ならまだ逃げれるかもしれない。
家康はできるだけこっそりと、その場を離れようと後ずさりするも三成に気づかれてしまう。

「いぃえぇぇやぁああすぅぅうう・・・。なんだ、貴様のそのふざけた格好は・・!」

「ひいっ。落ち着け、三成・・・っていうか、格好について、今のお前に何か言われる筋合いはない!」

三成の手にはいつもの得物でなく、先の鋭く尖ったステッキが握られている。武器ではないにしろ、十分殺傷能力がありそうだ。

「おとなしく私に串刺しにされろおお!」

案の定三成は尻尾と耳を揺らしながらワシに飛び掛ってきた。わあ、もう絶対こんな死に方イヤだ。しかし、防具を一つも身に付けていないワシには避けるしか 術がない。

「やめろ、三成。こんな状態(バニー)でワシを殺してお前は満足なのか!?」

「うるさいっ!問答無用ぉおおっ。」

しつこい三成の攻撃を何度か避け続けるが、着慣れない服装のせいか動きが鈍る。

「しまった・・!」

避けることに夢中で握っていた忠勝(S=1/15) を落っことしてしまう。すると、三成が突然動きを止めた。

「これは・・・秀吉様が御所望のアレではないか・・・。」

落ちた忠勝を素早く拾うと、三成はワシから踵を返していきなり逆方向へ走り出した。

「ふはははは!家康、こいつは貰っていくぞ!」

「なっ!?だめだ、三成。忠勝を返せーー!」

三成は物凄い速さで走りながら、木の根元にある洞に飛びこんで行く。ワシも後に続くべく穴に飛び込んだのであった。



穴の中は案外広い空間が広がっていた。既に三成の姿はない。ワシはひたすら忠勝が心配だった。
あんな状態では戦うこともできない。っていうか、戦えない忠勝を三成はどうするつもりなのだろうか。
とにかく、先に進んで三成を捕まえなくてはいけない。
すると、前方から何か赤い竜巻のようなものがやってくる。

「ねぇっっけぇつぅうううう!!!」

あ、真田か。
高速回転をした真田は回りながらワシの所までくると、炎を撒き散らしながら停止した。

「徳川殿ぉおお!!勝負でござらぁあああ!」

「真田、いきなりそんな・・。」

「さあ、これを徳川殿に。使い方はご存知か?」

真田はワシに自分の持つ2槍のうち一本を手渡した。

「え?あ、まあ槍の使い方くらいなら・・。」

「それは、ようござった。では、勝負!!火炎紅蓮脚ーー!!」

「ええええ!?」

真田は再び高速回転を始める。え、それ、ワシにもやれってことなのか?

「おりゃああ!!さ、徳川殿もどうぞ!」

「どうぞ・・って言われても・・。」

真田の残像がワシに回転を薦めるが、そんな動きは真田しかできないに決まってる。しかし、やらないといけないような圧力を感じたので、家康は槍を地面に突 き刺すと槍の周囲をぐるぐる回る。

「どりゃああああ。」

「おー・・・」

どのくらい回っただろうか、しばらくすると真田の回転が止まった。

「はあっはあっ・・・め、目が回った。」

「ゼエ・・ゼエ・・・。佐助!今の勝負どちらの勝利か?」

真田が背後の木に向かい話しかけると木の陰から真田の忍が手に機械のようなものを持って現れた。

「えーっとね。徳川の旦那が60dB、真田の旦那が120dBで、真田の旦那の勝ちだよ。」

「うおおおお!!某の勝ちでござらぁあうううう!」

ちょ・・・!声の大きさ勝負だったのか、じゃあ回転しなくていいんじゃ・・・。素朴な疑問は浮かんだがあえて口には出さなかった。
真田はワシの肩に手を置いてやりきった笑みを浮かべる。

「良い勝負でござった。では、恩賞をいただこうか。」

「え?恩賞?えーっと参ったな。ワシなんか持ってただろうか・・・。」

家康がスカートのポケットを探ると中からふ菓子が一つ出てきた。真田はワシの手からふ菓子を奪うと一口で口に入れる。

「うむ、おいしゅうござる。では、第2位の徳川殿にはこれを。」

真田は自分の手を首に伸ばすと、首にかかった六文銭を外した。それをワシの前にずいと差し出す。
六文銭は真田の信念の象徴だ。それをワシにくれると言うのか。

「いやいや、そんな大事なものはもらえん!」

ワシが手を振って断ると、背後にいた佐助が慌てて声をかけてきた。

「ちょっと、旦那。団子屋さんが早く支払いしてくれって言ってたよ?」

「何!?それは大変だ。では・・・。」

真田は惜しげもなく六文銭から二文抜き取ると佐助に渡す。そして、残りの四文をワシに手渡した。

「申し訳ござらぬがこれで我慢してくだされ。では。」

ワシは四文になった六文銭を握り締めたまま去っていく真田を見送った。これ、どうせいっちゅうんだ。
呆然とその場に立ち尽くしていると、どこからか強烈な殺気を感じた。振り向けば、木の陰から三成がこちらをじっと睨みつけているではないか。

「そんな所にいたのか、三成。さあ、忠勝を返してくれ。」

ワシが手を伸ばして三成に近づくと、三成は再び背を向けて走り出した。

「ちょっと!三成・・!逃げるなああ!」

ワシと三成の追いかけっこはまだまだ続きそうだ。



しばらく追いかけていたが、ワシはまた三成を見失ってしまった。あいつ、足速すぎだろう。
仕方がないので道なりに歩いていると、二股の分岐点に着いた。さて、どっちへ行くべきか。

「随分かわいらしい格好だな、東照権現。」

どこからか聞いたことのある声がする。だがその姿が見えない。

「どこだ?どこにいるんだ。」

「小生はここだあ!」

声は足元から聞こえていた。足元を見ると、地面から黒田官兵衛の頭だけがぴょこんと生えている。

「どうしたんだ、官兵衛。地面にもぐったりして。」

「誰が好き好んででこんなことをするか。小生はただ歩いてただけなのに、凶王にやられたんだよ。」

官兵衛はくやしそうに口を歪めて言う。それは、酷い。しかし、同時に三成がこの道を通ったということでもある。

「官兵衛、三成がどっちに行ったか知らないか?」

「ああん?おめえさん、やっぱり凶王を追っているのか。ふうん、ま、教えてやってもいいが、条件がある。小生をここから出してくれたら、凶王がどっちに 行ったか教えてやるよ。」

なるほど。それは、まあ妥当な条件だ。これだけキッチリ埋められていたら一人で抜け出るのは困難だろう。

「ああ、いいとも。ワシがそこから出してやろう。」

二つ返事で引き受けると、家康は官兵衛の首を両手で掴んだ。そして、渾身の力を振り絞って引き抜こうとする。

「あいたたただだだっ!!死ぬ!首がもげるうう!」

「もうちょっとだ、官兵衛!辛抱してくれ!」

「いや、もうちょっとであの世にいっちまう!助けてくれーー!」

ワシが懸命に官兵衛の救出に力を注いでいると、道の脇に生えた木の上からいかにも楽しげな笑い声が聞こえてきた。

「ヒーッヒッヒッヒィ・・・暗よ、よいザマよな。」

「刑部!?どうやってそんな木の上に?」

刑部は木の一番大きな枝に輿を上げて座っていた。あんな大きな輿をどうやって木の上に上げたのか、ていうか、上げたはいいが降りれないのではないかと心配 する。

「徳川よ、三成を探しているのであろ?我が教えて進ぜようか。」

「本当か、刑部。頼む、教えてくれ。」

ワシは刑部に頭を下げて頼んだ。忠勝の命がかかっているんだ、早くしなければ取り返しのつかないことになるかもしれない。

「人質を取られてはぬしも尊大ではいられぬか、よい気味よ。見遣れ、三成ならば先ほどからその岩の影でぬしを見ておるわ。」

「え?」

刑部が指でワシのすぐ横にある大きな岩を指差した。岩の陰から三成が顔を半分出してこちらを見ている。

「三成!今度こそ忠勝を返してもらうぞ!・・・あ!」

ワシはできるだけ素早く岩の裏へと回ったつもりだったが、既に三成の姿はそこになく、数十メートル先を駆けているのが見えた。

「三成ー!!何で逃げるんだ!いつもはしつこい程追いかけてくるのに!」

いつもとは逆の立場にジレンマを感じてワシはその場に崩れ落ちた、頭の上から刑部の引き笑いが落ちてくる。

「ヒッヒッヒィ・・・無常よな。追う立場となったとたん求める者が捕まらぬとは。ぬしらはほとほとよく似ておる。」

「刑部・・・ワシらが似ていると?」

「相反しているが本質は同じよ。せいぜい互いを追い合ってぐるぐると回ればよいわ。」

刑部はそう言うと、笑いながらすっと消えていった。なんだ?妖術の類か?一瞬背筋がゾッとする。
とにかく、早く三成の元へ行かねばならない。ワシはまた、三成を追って走り出した。



「ちょっと待て、権現!小生を助けてくれるんじゃなかったのか!?おーい・・・・・うう・・・なぜじゃあああ!!」





三成を追ってかなり森の奥まで入り込んでしまった、森の道に残る足跡からすると、方向はこちらで間違っていないようだが・・・。
しばらく、森を歩くと突然開けた場所に出た。綺麗な花の咲き誇る迷路のような庭園だ。
ワシはあまりの美しさについ足を止めて見惚れてしまった。

「すごいな、これは。なんと華やかな庭だろう・・・あ、あれは。」

庭園の中央の袋小路に見慣れた銀髪が見え隠れしている。間違いない三成はあそこだ。
ワシはなんの疑いもなく真っ直ぐに三成向かって歩き出す。

いた。やっぱり三成だ。行く先を白いバラの垣根に塞がれて進めずにいるらしい。

「ようやく見つけた・・・!今度こそ逃がさないぞ、三成!」

すぐ背後にワシが追いついた事に気がついた三成は、ゆっくりとこちらを振り向いた。手にしていた忠勝を垣根に突き刺すと口の端を上げて哂う。

「フン、刑部の言うとおり、まんまとついて来たというわけか。貴様も存外単純だな。」

「何!?」

三成は頭についた白い耳を揺らしながらゆっくりとこちらに近づいてくる。咄嗟に防御の構えを取るが一瞬遅く背後を取られてしまう。
振り向こうとした瞬間、喉に尖ったステッキの先が当たる。しまった、これではうかつに動けない。

「少しは逃げられる者の気持ちが判ったか?家康。」

三成は空いた手でワシの太ももを擦り、スカートをまくりあげていく。まずい、これは嫌な予感しかしない。

「三成・・・っ何を・・・。」

「今更何を言う。こんな格好で私を追ってきて、誘っていないとでも言うつもりか?」

「違っ・・・この格好はワシが・・・ぅ・・ん。」

たくし上げたスカートの中に三成の手が遠慮なく入ってきた。三成の手を阻止しようと手を動かせば、喉元に突きつけられたステッキがプツリと皮膚に食い込ん だ。

「やめてくれ、三成。あ・・っ・・はぁっ・・こんなの、絶対間違ってる・・・!」

やんわりと中心を包まれて思わず甘い声が漏れると、三成が耳元で低く哂いながら、手の動きを早めていく。だめだ、こんな変な格好でこんなこと・・・これ じゃあまるで変態だ。
羞恥に目を瞑ると余計に三成の手の動きが詳細に感じられて、逆効果だった。
このままでは、流されてしまう・・・誰か、誰か助けてくれ・・・!!

「あ・・んっ・・・ああ・・はぁ・・・」


「ここで何をしておる!!!」


「「!!!!!」」

突然ワシと三成の背後から聞きなれた尊大な声が聞こえてきた。ちょ・・・もう勘弁して・・・。
そっと背後の様子を伺うと、豪華なドレスを身に纏った毛利元就と、従者の格好をした元親がこちらを睨んで立っている。

「我の日輪庭園で破廉恥な真似などしおって・・・!許さぬぞ!元親、こやつらの首をはねい!!」

毛利は手にした錫杖を振りかざすと、元親が碇槍を構える。

「命令してんじゃねえぞ毛利!だが・・・家康・・・お前にはほとほと呆れ返るぜ。人様の庭でコスプレHたぁ、少々おいたが過ぎるんじゃねえか?」

「違うんだ、元親!これには深い訳が・・!」

ワシは涙目で訴えるものの、正直弁解のしようもない。何せ今だに三成の手はワシのスカートの中にある。

「三成、早く離れろ!・・・もう!いつまで触ってるんだ!」

「ち・・邪魔が入ったか。行くぞ、家康。場所を変えよう。」

「お前、馬鹿だろ!わからないのか、あいつら目が本気だ・・・・ぎゃああ!」

三成がボケ過ぎたせいで、ワシはまともに、瀬戸内二人組みの攻撃を喰らい意識を飛ばしていった・・・・・。




「!!!!・・・・!!!」

「ん?・・・うん・・・あれ?忠勝?」

目を開けると忠勝が心配そうにこちらを窺っていた。ワシは縁側に大の字に転がって寝ていたようだ。
起き上がって我が身を見ればちゃんと元の渋茶の着流しを着ている。良かった。全部夢だったのだ。
にしても最悪な夢だった。全身びっしょり汗を掻いている。

「もう、大丈夫だ、忠勝。ちょっと変な夢を見てしまってな。」

ハハハ、と照れ笑いを浮かべて頭を掻いてみせる。いや、ホントなんであんな夢を見てしまったのか自分に100回くらい問い正したい。

「???・・・・・!!!」

そんなワシを見ていた忠勝が、突然フリーズした。少しして、ぎこちない動作でそっぽを向いてしまう。

「どうかしたか、忠勝?」

変な奴だな、と思いながら立ち上がろうとすると、下半身にぬるりと違和感を感じる。まさか・・・!
恐る恐る、目線を自分の股にやると、予想通り小さいが明らかな染みを作っている。

「な・・・・ちょ・・・。」

あまりの事に言葉にならず、ただ口だけをぱくぱくと動かした。
あんな夢を見て夢精してしまうなんて、自分の愚かしさにただただ絶望した。しかも、バッチリ忠勝に見られてしまった。
これも全部あんな変な格好をした三成のせいだ・・・と言ってもそんな想像をしたのはワシなんだけれども・・・。
しかし、この気まずさをどうしたらいいんだろう。

「ま・・・参ったな・・・。」

今だそっぽを向いたままの忠勝に、かける言葉が見つからなくて、戦国最強の主従は、いつまでも縁側に立ち尽くすのであった。