初恋
あぁ、何だ?
空を翔る烏を見る度に、『ドクドク』心臓が跳ねる。
(――何だ、これは?)
今までに味わった事のない、感情と感覚――戦で感じる快感とは、全く違う不思議な感覚。
「…ちっ、何なんだ?」
主の居ない部屋の天井を仰ぎながら、俺は苦々しく呟く。――この部屋の主は例の如く、夜の空中散歩の真っ最中だ。
[――咢、分からないの?]
急に亜紀人が、話し掛けてくる。
「亜紀人、テメェは分かるのか?」
[うん。僕は分かるよ。]
首を傾げる俺に、嬉しそうに言う片割れ――…何となく、イヤな予感はしたが…取り敢えず、聞く事にした。
[それはね、『恋』だよ。]
――ああ、やっぱり…烏馬鹿のコイツは、とんでも無い事を言いやがった。
「亜紀人…テメェ、巫山戯てんのか…?」
片割れの言葉に、思わず…低い声で言う。
それにしたって…『恋』だって?俺が烏に?…んな、馬鹿な…。
「んな事ぁ、天地がひっくり返っても、有り得ねぇな。」
[え〜・・・そうかなぁ・・・?]
鼻で笑いながら、そう言う俺。片割れからは、ブーイングが聞こえるが、そこはシャットアウト。
「テメェの価値観、俺に押し付けんな。」
片割れの言葉を、半ば呆れながら俺はそう返す。それに片割れは、苦笑するだけだった。
そんなこんなで話している内に、A.Tのホイール音が微かに聞こえる。
[戻ってきたみたいだね、イッキ君。]
――…言われなくても分かる。全てが眠りに就いている、この時間に戻ってくるのは、烏だけだ。
やがて戻ってきた烏は、珍しそうに俺を見た。
「あれ…咢、来てたのか?」
「…ああ。」
無愛想にそう答えると、烏は『ふーん』と微かに首を傾げ、パジャマに着替え始めた。
「…寝んのか?カラス。」
「ああ…眠みぃしな…どうかしたのか?」
思わず尋ねた俺に、烏は怪訝な顔をする。――瞬だけ、何か沈んだような感覚はあったが…俺は敢えて無視した。
「……何でもねぇ。」
らしくもない事を言った自覚はあるので、烏にはそう返した。
「…寝るか…?」
「――…は?」
暫く経って、烏が自らの布団を示しながら、俺にそう言った。
「いや…何かお前、淋しそーだし…。」
「…誰が、淋しそうだって?ファッキンガラス…。」
至極真面目な顔でそう言う烏に、俺は凄まじく低い声でそう言った。――誰が淋しそうだと!?
「…お前。今、自分がどんな顔してんのか、分かるか?」
烏の問い掛けに、俺は無言で首を振る。すると、烏は苦笑しながら、こう言った。
「――泣きそーな顔、してるぜ。」
その言葉に、思わず窓ガラスの方を見る。――そこに、映っていたのは…泣きそうな迄に、顔を歪めた自分だった。
そっちに、気を取られていると…ベッドの方にいた烏が、俺を引きずり込み…足で、ガッチリホールドしやがった。
「ファック!何しやが…!!」
引き込んだ張本人に声を荒げる。片割れなら、兎も角…俺は、此処にいたくはなかった。
「…寝ろ。俺は寝る。」
烏はそう言って寝やがった…俺をガッチリと、ホールドしたまま。
ホールドから抜け出そうと試みたが…烏のバカ力で掛けられているそれは、俺に解ける筈もなく…早々に諦めて溜息を吐いた。
空を翔る烏を見ている以上に、心臓が跳ね、体が熱くなる。
――だが…さっき迄あった、沈んだような感覚は、完全に無くなっていた。
「…有り得ねぇ…。」
それを自覚した瞬間、俺はそう呟いた。自覚してしまった…烏への気持ちを――彼程までに否定していた、『恋心』をだ。
「――勘弁してくれ…マジで…。」
何とも無防備に眠っている、烏の体温を感じながら…俺は別の意味で、泣きたくなってきた。
[だから、言ったでしょ?『恋』だって。]
眠りに落ちる前…何だか妙に勝ち誇った、片割れの声が聞こえたのは、言うまでもなかった…。
End.
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